新時代戦略研究所のシンポジウム「日本の禁煙対策は進むのかに登壇する海外の研究者ら=11月7日、東京都港区
政府が防衛強化の費用を捻出するため、紙巻きたばこと同程度に税率を引き上げる方針を固めた「加熱式たばこ」。紙巻きに比べて健康リスクが低いとされ、すぐに禁煙できない人が少しでも害を減らす「ハームリダクション(害の低減)」の効果が期待される一方、防衛増税に向け〝白羽の矢〟が立った格好だ。増税の開始時期は年末にかけた税制調査会で議論される見通しだが、普及が進むと〝狙い撃ち〟される構図は、発泡酒や第3のビールをめぐる増税の歴史と同様で「企業の開発意欲に悪影響を与えかねない」との指摘もある。
防衛費約2000億円の捻出狙う
国内で発売された10年前には独自の税区分がなく、「パイプたばこ」のルールを適用し、使用するタバコ葉の量に応じた課税が行われた「加熱式たばこ」。平成30年度以降、5回にわたって段階的な増税が行われてきた。
財務省によると、現行の制度は、加熱式たばこ1本当たりに使用されるタバコ葉の量(溶液を含む)が0・4グラム、小売価格が25・4円だったときは、税率が紙巻きたばこと同じ「15・244円」になるように設計された。しかし、その後タバコ葉の使用量が0・4グラムに満たないケースが多発。紙巻きより1割ほど税率が低くなる事態となった。
財務省は「同じたばこ製品であるのに、税制上は不公平になっている」と指摘。政府は昨年末に閣議決定した税制改正大綱で、加熱式の税率を紙巻きと同等にするなどして、たばこ税全体を「1本当たり3円相当」引き上げることを明記。防衛費に充てる約2000億円を確保する狙いだ。
ビール業界は「いたちごっこ」
「創意工夫をして新たな市場を作ったが、売れるようになると狙い撃ちをされる。私たちも相当腹に据えかねて反発していたことは確かだ」。あるビール会社の幹部はそう振り返る。
ビール業界をめぐる増税の歴史は、まさに「いたちごっこ」だった。国際的にも高いビールの税率を回避するため、平成6年にサントリーが麦芽の使用量を抑えた発泡酒「ホップス」を発売。バブル崩壊後の不況下に各社も参入し、爆発的ヒットになると2年後の酒税法改正で増税のターゲットに。その後に誕生した第3のビールも含め、「多額の開発費を投じ、金脈を掘り当てると、増税されることの繰り返し」(幹部)となった。平成29年度の税制改正では、350ミリリットル換算で最大49円あったビール系飲料の税率差を段階的に解消し、令和8年にはいずれも54・25円に統一することが決まっている。
「同種同等」の原則
たばこ税も酒税も、統一化の根拠とされたのが「同種同等」の原則だ。「同じようなものには同じ負担を」という考え方で、財務省ではこれが崩れると「不公平が生じている」と判断する。
一方、加熱式たばこは有害性物質を多く含む煙を出さないことから、紙巻きに比べ、健康リスクの少ない製品とされる。たばこ各社の研究によると、有害性物質は1割程度に低減。紙巻きから加熱式に切り替えたグループは、体内に取り込まれる有害性物質の量が禁煙したグループと同程度に減ったとする臨床試験の結果もあり、「なぜ同じと断言できるのか」と疑問を呈する研究者も少なくない。
厚労省の国民健康・栄養調査(令和4年)によると、喫煙者のうち、加熱式たばこの利用者は男性30・1%、女性34・4%と普及が進んでおり、たばこ関係者からは「せっかく切り替えた喫煙者が紙巻きに戻ってしまうのではないか」と懸念する声も聞かれる。
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海外では税制優遇の対象にもなっている「加熱式たばこ」。課税のあり方について、インターネット上で減税の署名運動なども行う「政策改革・イノベーション研究所」の主任研究員、蔵研也氏に聞いた。
インタビューに応じる政策改革・イノベーション研究所主任研究員の蔵研也氏
――加熱式たばこの税率を紙巻きと同等に引き上げる政府案をどう思うか
ハームリダクションは、薬物に関してオランダなどの医師が禁止するのが無理なら、害の少ないものに切り替えようと呼びかけて広まった。たばこの有害性は1970年代から明らかになり、燃焼させる吸い方が悪く、すすが肺にたまることが健康被害の主原因だと判明している。
一方、ニコチン自体は害が少ない。海外にはニコチンだけを吸引できる電子たばこがあるが、日本では販売が禁止されている。加熱式はタバコ葉を使うので、それよりは害があるが、燃焼を伴う紙巻きよりは明らかに少ない。まさにハームリダクションなわけだ。
私はたばこやアルコールについては、体や周囲に与えるハーム(害)の量に応じて課税すべきではないかと考えている。医療費への影響なども考えれば、害に応じて税が違うのはごく自然な発想と思うが、なぜか日本では、同じ税率にしないといけないという〝謎の理論〟によって増税が進められている。
――財務省は「同種同等」という言葉を使うが、なぜそうなるのか
有害性に関する基準がないことが原因だ。厚生労働省は「国民の健康を守る」のが使命であるはずが、加熱式たばこについては「紙巻きに比べて健康影響が少ないかどうかは、まだ明らかになっていない」とのスタンスだ。低リスクと認めると、環境団体から「たばこを勧めるのか」と横やりが入る可能性があるからか、判断が下せない状況が続いている。
有害性が数値化されず、あいまいになっているものだから、財務省としては、どちらが悪いかはっきりしないのであれば、同じだけ税をかけていいよねという論理になる。
――発売から10年で、加熱式の普及も進んだ。増税は痛手との声もあるが
アルコールでかつて同じことがあり、ビール業界は「発泡酒」「第3のビール」と税率の低いところを狙って商品を売ってみたところ、結局は「ビール類だから」と増税されることになった。設備投資にコストもかかるのに、それであれば、無理して作ることもなかったはずだ。企業努力、リソースの無駄づかいでしかなく、こうしたことは本当にやめるべきだと思う。
持論だが、アルコールについては、含有量に応じて課税をすればいい。アルコール濃度が高いものには高く、低いものには低く。ハームに応じた課税をし、依存症などのケアをしっかりやっていくことが重要だ。
――海外では加熱式たばこを減税の対象にするケースもある
英国や米国は「やってみる文化」があって、法制度を変えてみて、その成果を比較検討する「社会実験」を積極的に取り入れている。現在の知見で最適と思われるものを取り入れ、後で「やっぱり体に悪かった」と分かれば、そのときに改訂すればいい。
日本では倫理的に正しいか、正しくないかを優先しすぎるきらいがあるので難しいかもしれないが、例えば、自動運転の車などを都市限定で走らせてみて、危険やメリットの洗い出しをすることも海外では行われている。社会実験をすることでイノベーションを推進できるという考え方をしなければ、世界からどんどん取り残されてしまう。われわれが貧しくなってきた理由であり、これを打破できなければ、社会の閉塞感もなくならないと思う。
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「日本の禁煙対策は進むのか」と題したシンポジウムが7日、東京都内で開かれた。健康を害する紙巻きたばこ対策を進め、喫煙率が5・6%まで減ったスウェーデンの事例などを参考にすべく、来日した海外の研究者らが講演。よりリスクが少ない代替製品の「入手しやすさ、受け入れやすさ、手ごろな価格」の3点が重要だと結論付けた。
シンポジウムは「国民の健康とハームリダクションを考える研究会」などの活動を行う新時代戦略研究所(朝井淳太代表)が主催。まずは医療分野に詳しいスウェーデンのフレドリック・ニュストレム教授が登壇し、同国では「スヌース」と呼ばれるかぎたばこや、小袋を口に含んでニコチンを摂取するニコチンパウチへの切り替えが進んでいると説明。「スヌースの価格は(紙巻きたばこの)半分程度で、どこでも買えることで普及が進んだ」と述べた。
同教授によると、同国は大学や病院などの周囲100メートル以内での喫煙は禁止。医療従事者らがたばこを吸う場合は事前申請を出し、喫煙後には衣服を着替えることなどが法律で義務付けられている。屋外での喫煙は可能だが「冬は寒すぎる」といい、切り替えを後押ししたという。
また、ニュージーランドでのたばこ規制を牽引したマレワ・グローバー教授は、同国では法規制を進める一方、ニコチンパウチやニコチンガムなどを希望者に何度でも無償配布する「禁煙サポートプログラム」を実施したことを報告。2011年に16・4%だった喫煙率は昨年6・8%まで減ったという。
同教授は「規制は30年前から進めていたが、プログラムを始めるまでは大きな変化が出なかった」とし、「首相が国民に電子たばこへの切り替えを訴えたことも大きかった。社会課題の解決には、より害の少ない代替品が必要だ」と訴えた。